2011年3月27日日曜日

アホな私が原発について考えてみたら

こんばんは。

今日、弟に教えてもらったブログについて書きたいと思います。

原発がどんなものか知ってほしい(全) 平井憲夫


それまで連日の原発についての報道に正直疲れていたのでした。
専 門家はみんな言ってることが違うけど、どれもしごくまっとうのようにも聞こえる。私には理解しにくい単位で言われるから、余計に頭にはいってこなくって、 ただ要は安全なの?そうじゃないの?そればかり気にしてしまう。じゃあ、納得のいくまでとことん勉強したらええやんってことになるけど、それも気力がない んです。
だからっていろんな人の言うことを鵜呑みにすることも怖いし、そもそもTVの言ってることなんて信用できないし…とかなんだか言って結局わからなくなってくるんです。んで、思考が楽観的な方向に行く。「大丈夫じゃないの?」って。

なぜそうなるのかというと、危機を感じたところで自分にはどうしようもないというあきらめがはいってしまうからだと思います。24時間恐怖におびえてるよりかは、大丈夫って言って日常を過ごすほうがずっと楽だし。

という自分と向き合うのも、同僚と原発のことについて話して気が付いたことです。すごく情けないのですが、正直な気持ちです。

ああ、人間というのは、ものすごく楽観的なんやなぁと思いました。私という人間を通して「人間というものは…」でくくるのもおかしな話なんですが、周りを見ても似たような人が多いのではないかしら。と思えるのも正直な感想。
楽観的に観ることは決して悪いというわけではなく、むしろ良いことで、日々暮らすなかで、自分の中、もしくは他人の中にある楽観的な気持ちに、何度も何度も救われています。

でも命を脅かされる危険に一度もあったことのない私は、原発という日本が抱える問題をものすごく軽くみていたのかもしれません。
と、↑のブログを読んで思いました。しかも弟が東京にいなければちゃんと最後まで読んでたかも微妙。不安材料は見たくないという防衛本能が働いてるのでしょう(ものすごく正当化した言い方だけど)

このブログでは、原発が日本でどのようにつくられたかたということ、そして日本がたくさんの原発を抱えることで今後どういう問題が起きてくるかということが具体的に書かれています。
人 体の影響、たとえば放射線に汚染された魚を食べるとほんとうにあかんのかという生物学的?具体的なデータはないにせよ、内容は信憑性があると私は思いまし た。とくに差別の問題は、現実それで苦しんでいる人がたくさんいるのだ。放射線は目に見えないものだからすごく怖い。だから専門家やらお上やらの言ったこ とだけが頼りになってしまうんだけど、安全も保障も目に見えないものだから、「放射線浴びたけど大丈夫!」って言われてもできれば触れたくないというのも 人の心理です。去年のほうれん草は出荷が停止されたけど今年は大丈夫!って言われたほうれん草と、原発から遠く離れた地で育てられたほうれん草とだった ら、後者を選んでしまうのも人の心理です。それが中国産であっても、タイムリーに危険と察知した方は選ばない方がいいんじゃないかと思ってしまう。たとえ ばその後中国産は農薬だらけだから危険だよというニュースが出たら、きっと原発のことなんか忘れて、普通に本産!日本産!てなるだろうし。

私は違うよ!公平だよ!そんな情報に踊らされてないよ!差別なんてするもんですか!
と言う人もたくさんいるだろうし、私もそうでありたいと思う。でも公平、公正ってなんだろう。
地震が起きて初めて書いたブログで、たくさん舞い込んでくる情報を見極めよう!みたいなことをえらそーに書いてしまったけど、その情報の正しい正しくないって、一体どっからくるのだろう?信頼できる人が言ったから?現地の人が言ったから?データに基づいているから?

目に見えない危険や物事については真実は誰にもわからない。
現時点で安全だというデータ、危険だというデータ、どちらも飛び交っています。
前述のブログを書かれた平井憲夫さんも私は本当だと思ったけど、大変失礼を承知で言いますが、100%真実であることを証明できる人はいらっしゃるとしてもごくわずかだと思うのです。

す ごく難しい問題なんですけど、情報を見極めようとしたときに、私は賢人であろうとしてしまいます。間違うのが怖いのです。ネットでよくあることですが、正 しさを盾にして、それにそぐわない人を、さも鬼の首をとったかのように非難したり叩いたりするのもよく見ますが、間違うのが怖いから、自分が正しいと思え る意見を無意識にとりあげたりしてしまいます。結局不安なのです。賢人でないのに賢人ぶるってすごく愚かなことですよね。やめたい。

そう、いくら正しいと思いたくても真実って人それぞれ違うんじゃないかな。

昔、キヨシローが原発をテーマにした歌をよく歌ってました。リアルタイムで聴いてなかったから反原発を歌ってどんなけたたかれたかはよくわからんし、私もなんとも気にしてなかった。

今でも彼が100%正しいかはわからないけど、これがキヨシローの中の真実だったんだなと思った。

どうせなにもできないからってあきらめたくはない。私は私の中の真実が欲しい。それを言葉や行動にしたい。
だから生きてる限りできるだけ目を開けてようと思いました。

***

またオマケ的になってしまったニットネタ。

かばん

友達の誕生日でカバンをつくったんですけどすんごくかわいかったです。
持ち手は笹谷木工(父)作。なにげに親子コラボ。

ニット サロペット
そして卒作のひとつ、つなぎがやっと完成。
ボディのお尻が長くって、着せたら胴の部分が伸びてなんだか変だけど、着たらもっといいかんじです。
ニット サロペット

こっちもお尻らへんが笑える。今度は着た写真をちゃんと撮っときますね。
ニットでつなぎって作れるんだなぁ。伸びをすごく気にして作ったけど、思ったより伸びず、ちゃんと普段に着れそうなかんじ。すごい収穫☆

もいっこの作品は、実験しすぎてすんごいメルヘンな作品になりそう。せめてここでも見せられるように仕上げたいなと思うのですが、手を入れれば入れるほどメルヘン度アップしてて、えらいことになってます。

ではまた来週!

2011年3月20日日曜日

日々想うこと

先週のブログを読み返すと、冷静冷静!と言いながら、相当困惑していたなぁとあらためて思います。ほんとうにつたない言葉の羅列に自分でも情けないです。でもここに書かないと!って強く思ったんです。読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。

毎日、さまざまな情報が飛び交っています。テレビなどの各メディアは被災者の方を、さもドラマの主人公のようにクローズアップし、まるですぐそこに最終回があるかのように観る者を悲しませたり喜ばせたりしています。うすうす想像はついてたけど早くも地震がひとつの読み物、まるでエンタメ化しているように思えます。そして不謹慎論者はなにかにつけて「こんなときに…」と文句を言い、ヒマ人は、やれ政府が悪い、東電が悪いだの、先頭きって舵をとらないといけない人たちに追い討ちをかけます。個人的にも、気分が悪くなる話をたくさん聞きます。

私はただ見守り、普段の生活をしています。そしてつくづくニットを生業にしてる幸せを噛み締めておりました。当たり前なんですけど、教室にわざわざ不幸になりたくて来てる生徒さんはいません。ああ自分も人もハッピーにできる仕事をしているのだなと。暗い気持ちになったときは、それが支えになりました。

先日こんなブログを読みました。
今村岳司XDL - diary
「あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。」
「それでもなにかできることを。~昨日の続編」
被災者のリアルな気持ちを、ものすごく冷静に綴られています。私は1%も理解できていないかもしれないけど、今後の自分の行動を決断するのにすごく参考になったのでこちらでもご紹介させていただきました。私の教室でもみんな集まればそれぞれ仕入れた情報をあれこれ話したりしますが、阪神大震災で深刻な被害を受けた生徒さんは、当時の思い出がどうしても重なってしまうと口をつぐまれていました。いや、情報をあれこれ話すということが悪いということでは決してなくって(気遣って、タブーみたいになるほうがずっと変ですし)被災してない人は被災した人の気持ちを理解できないということが前提で理解しようとするのと、勝手に理解した気持ちになってしまってる状態とは全然違うということです。
なにか、自分が行動するときに、勝手に理解した気持ちになってしまってるということが一番怖いことなんだと思いました。

不謹慎論者は「こんなときに…」という言葉をすぐ口にするみたいですけど、でも「こんなとき」というのはいつになったら「こんなとき」じゃなくなるのでしょうか?被害を受けた人や土地が復興するには何年かかるかわかりゃしない。戦いはこれから。それでも1ヶ月も経ったら「こんなとき」って言う人が何人残ってるんだろう?とさぞかし疑問に思います。
確かに、暗い気持ちになったり、なかなか眠れない日々が続いたりすることもあります。
でも「非・被災者かくあるべし」なんて思う必要ってないんじゃないかしら。笑いたきゃ笑えばいいし、泣きたきゃ泣けばいいんです。飲みたいなら飲めばいいし、買い物したきゃ買えばいい(買占めはモラルの問題だと思うのでここでは言及しませんが…)歌いたきゃ歌えばいいし、踊りたきゃ踊ればいい。ほんでもって、あーしんど。とかね。

そんなわけでタイマーズ☆「タイマーズのテーマ」と「偽善者」。とくに「偽善者」は偽善者にくらえっ!



あーキヨシロー。もうすぐ命日ですね。
思い出したようにキヨシローを聴いたりしていますが、募金や献血も今だけじゃなくって、断続的にやっていくほうがいいそうです。京都にいる私が今できることは、きっと何日、何ヶ月経ってもできることですからね。


さてさて、実のところまだ卒作が完成してません。これが終わらないと他のニット制作に入れないので、今週こそは仕上げます~。ニットでつなぎを作ってます。つなぎって…サロペットのことです(笑)なかなかいいかんじだと思うので早く着たいな。




2011年3月13日日曜日

今の私にできること。東北地方太平洋沖地震について。

昨日からテレビでは惨憺たる光景がずっと流れています。
このブログが更新されたときにこれをご覧になられている方は私と同じ、被災地にいらっしゃらない方が多いと思うので、なにかお伝えできればと思って書いています。
実際、今日、いつも行く喫茶店で働いてた子が、「どうせ自分はなにもできないから」ってただただ暗い顔で店に立ってたのを見て、もし同じようなことを思ってる人がいればと思って…相変わらずつたない言葉ですみません。

東京の、まだ被害の少なかった地域に住んでいる弟にでさえ、心配でメールや電話をしている始末なので、未だに連絡のとれないご家族、ご親戚がいらっしゃる方の不安を思うと本当に心が痛みます。ましてや被災地で避難されてる方なんかもっともっと大変です。

ツイッターではリツイート(他の人のつぶやきを自分のフォロワーに流して拡散すること)機能があり、昨日は災害情報、人探し、避難できる場所、避難して生き延びるための知恵などさまざまな情報がリツイートされました。
ボ タンひとつで自分のフォロワーに情報を一気に流せるわけです。阪神大震災のときでは考えられなかったことですが、そういったツイートを見て逆に怖くなりま した。リツイートしてる人は善意以外のなにものでもないはずなのに、もしもそれが間違った情報なら?一気に拡散してしまい、他の人にも間違った情報を送る ことになります。案の定、さっきのニュースで不安を煽るだけのチェーンメールが多発しているとのこと。ひとつの小さな悪意が、人々の善意(のつもり)でと てつもなく大きな悪意になってしまうのは怖いことです。きっと今後善意のつもりがかえって…ということもたくさん起こってくるでしょう。実際、電力を使う なと言われつつパソコンを開いてる私。それも覚悟の上、書いています。

具体的な震災情報をルイスさんがブログにまとめられています。
【緊急】地震等災害時のお役立ち情報、まとめました。随時、追記します

昨晩から自分にできることはなにかということをずっとずっと考えていました。確かになにもできないです。でもいざ自分がなにかできる状況になったとき、それを見つけたときにさっと動けるようにしたい。
ひ とつは各メディアから入る情報は本当に正しいのかどうかを判断すること。いつもどおりの自分の仕事をして社会に貢献すること。そしてもうひとつは想像する こと。テレビの映像の奥にはもっともっとえぐい現実があるということや、自分がなにかを発信したこと、行動したことで誰に影響を与えるのか、与えられるの か。を悲観的にではなく冷静に想像する。

私の大切な人が大切にしている言葉があって、
「いろんなことを見て、聞いて、感じなさい。いろんなことを知りなさい。そして、知り得たことのすべてを、他人の立場や環境をリアルに想像するための手助けにしなさい。他人の立場をディテールまでリアルに想像することができたら、戦争や諍いはなくなるわ」
というもの。それを思い出しました。
なんにもやってない私たちと、まったく無関心な人と、はたから見ればなんも変わりない。
実際、想像することはしんどい。
でも今思ったことをあきらめずに続けていけば、1mmでも復旧が早くなることができるかもしれない。そうなれば今言ったことはキレイごとにならない。自分の身にだってありうることなんだから!

こんなことを言ってる今でも、今できることをしてらっしゃる人がいる。
漫画家の井上
雄彦さんは、笑顔の絵をどんどんアップされていましたよ。
smile

世界中の人からもメッセージが。
pray for japan



つ ながってるという気持ちにさせてくれることって本当に救われる。だから祈りがあるのだと思う。物理的な支援ももちろん大切だけど、希望がくれる力ってなに にも変えられないと私は信じてます。でも結局思いつく限りのできることってこれくらい。なんにもえらそうなこと言えへん。私も含め、できることを探してい る者がすこしでもできることが見つかりますように。そしてなにより、被災地の方々、被災地の方を思う方々が一刻も早く安心できますように。

2011年3月6日日曜日

アコーディオンとニットと私。

ちょっと暖かくなったのに、またもや寒い日が続いてますね。
今日の雨が上がったらちょっとは暖かくなるのかな?

さてさて、もう3月になったので今月の動画を更新しました。
ブログはサボるくせにこういうのはちゃんとやるんや(笑)

今、がんばって練習している曲をyoutubeで探したらとっても素敵なバージョンを見つけたので。アレンジが鬼すぎて、私のへなちょこ演奏とは月とすっぽん、いや私のは鼻クソ以下です。でもいい演奏をたくさん聴くのは耳の保養(というのか)にもなりますしね~

もしかしたら今年はアコーディオンの発表会に出るかもしれません。
アコーディオンを習いはじめてちょうど1年なんですけど、なかなか毎日練習はできないので全然うまくならないです。でも憧れの曲や好きな曲がだんだん弾けるようになってすごく嬉しい。

ニットももっともっとうまくなりたいなと思うけど、もうここまできたらガツンと伸びたなと実感できることってなかなかないです。
その点、アコーディオンは今のところ練習すればするほど目に見える結果に表れるので、ああがんばったら報われるんだな。ということが実感できます。習い事ってやっぱりいいな。

でも問題なのは、極度のアガリ症なこと!
たくさん練習して、よし!できた!って思ってもいざ先生の前では緊張して全然弾けないなんてことが多々あります。ましてや大勢の前でってなったら…考えるだけでゾッとします。
なのでいろいろ考えました。今後、できるだけ人前で弾いてみることにします。早速今日は、アトリエに来てくれたキヨミさんに聴いてもらいました。

そして案の定いつも間違えないところを間違える…

でもそれで自分の弱いところがわかるからまたそこを練習すればいいのです。
人前で弾くのが一番の近道かもしれませんね。恥はかかないといけないけど。人の迷惑にならない程度にやってみます。

つか本気やん。ニットもそれぐらい本気でやりなさい!と言われる前に言うとこう。

あ、1dayできました(笑)

1day

ルームシューズです。ほんとに簡単にできるパターンをあみだしましたよ~
今回は、履いた形がキレイなことを重視してつくりました。もちろん機能的にもバッチリなんですけどね。
フェルト底(市販)がもっとしっかりしてれば言うことないんやけどな。
手 芸の副資材って、なんか、もうひと声!というかんじのものが多い気がしませんか?私が完成度を求めすぎっていうのもあると思うんですけど、せっかく便利 グッズをつくるならもうちょっと作品自体の完成度が高くなるようにつくってほしいなと思う。じゃあ自分で作れば?って言われたらそれまでなんですけどね。 私はイチからつくったりするけど、より多くの人が完成度の高い作品をつくれたらもっと感動が広がると思うんですよね。
そのへんは人それぞれ、満足する点が違うと思うので、これ以上愚痴はこぼしませんが、ルームシューズをもっとしっかりさせたい人は底を2枚重ねることをオススメします。

先週から、今通ってる講師科の卒業作品に追われております。時間が全然取れない。
というか他のニットの仕事を優先しちゃうんですよね。どうしても。仕事としてのニットのほうが楽しいです。フィードバックがあるから。でもそんなことも言ってられないくらいギリギリのとこまできてます。やばい!

と言いながら今月は紡ぎのオーダーをいただきこちらを紡ぐ予定。
紡ぎどっさりあります!こっちの方がダントツ楽しいんですけど!

というわけで今月もひきこもりかしらん?