2011年3月20日日曜日

日々想うこと

先週のブログを読み返すと、冷静冷静!と言いながら、相当困惑していたなぁとあらためて思います。ほんとうにつたない言葉の羅列に自分でも情けないです。でもここに書かないと!って強く思ったんです。読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。

毎日、さまざまな情報が飛び交っています。テレビなどの各メディアは被災者の方を、さもドラマの主人公のようにクローズアップし、まるですぐそこに最終回があるかのように観る者を悲しませたり喜ばせたりしています。うすうす想像はついてたけど早くも地震がひとつの読み物、まるでエンタメ化しているように思えます。そして不謹慎論者はなにかにつけて「こんなときに…」と文句を言い、ヒマ人は、やれ政府が悪い、東電が悪いだの、先頭きって舵をとらないといけない人たちに追い討ちをかけます。個人的にも、気分が悪くなる話をたくさん聞きます。

私はただ見守り、普段の生活をしています。そしてつくづくニットを生業にしてる幸せを噛み締めておりました。当たり前なんですけど、教室にわざわざ不幸になりたくて来てる生徒さんはいません。ああ自分も人もハッピーにできる仕事をしているのだなと。暗い気持ちになったときは、それが支えになりました。

先日こんなブログを読みました。
今村岳司XDL - diary
「あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。」
「それでもなにかできることを。~昨日の続編」
被災者のリアルな気持ちを、ものすごく冷静に綴られています。私は1%も理解できていないかもしれないけど、今後の自分の行動を決断するのにすごく参考になったのでこちらでもご紹介させていただきました。私の教室でもみんな集まればそれぞれ仕入れた情報をあれこれ話したりしますが、阪神大震災で深刻な被害を受けた生徒さんは、当時の思い出がどうしても重なってしまうと口をつぐまれていました。いや、情報をあれこれ話すということが悪いということでは決してなくって(気遣って、タブーみたいになるほうがずっと変ですし)被災してない人は被災した人の気持ちを理解できないということが前提で理解しようとするのと、勝手に理解した気持ちになってしまってる状態とは全然違うということです。
なにか、自分が行動するときに、勝手に理解した気持ちになってしまってるということが一番怖いことなんだと思いました。

不謹慎論者は「こんなときに…」という言葉をすぐ口にするみたいですけど、でも「こんなとき」というのはいつになったら「こんなとき」じゃなくなるのでしょうか?被害を受けた人や土地が復興するには何年かかるかわかりゃしない。戦いはこれから。それでも1ヶ月も経ったら「こんなとき」って言う人が何人残ってるんだろう?とさぞかし疑問に思います。
確かに、暗い気持ちになったり、なかなか眠れない日々が続いたりすることもあります。
でも「非・被災者かくあるべし」なんて思う必要ってないんじゃないかしら。笑いたきゃ笑えばいいし、泣きたきゃ泣けばいいんです。飲みたいなら飲めばいいし、買い物したきゃ買えばいい(買占めはモラルの問題だと思うのでここでは言及しませんが…)歌いたきゃ歌えばいいし、踊りたきゃ踊ればいい。ほんでもって、あーしんど。とかね。

そんなわけでタイマーズ☆「タイマーズのテーマ」と「偽善者」。とくに「偽善者」は偽善者にくらえっ!



あーキヨシロー。もうすぐ命日ですね。
思い出したようにキヨシローを聴いたりしていますが、募金や献血も今だけじゃなくって、断続的にやっていくほうがいいそうです。京都にいる私が今できることは、きっと何日、何ヶ月経ってもできることですからね。


さてさて、実のところまだ卒作が完成してません。これが終わらないと他のニット制作に入れないので、今週こそは仕上げます~。ニットでつなぎを作ってます。つなぎって…サロペットのことです(笑)なかなかいいかんじだと思うので早く着たいな。




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