2009年10月4日日曜日

木工職人の父とコラボして考えさせられる。

どうもどうも、atricotです。
HPのnewsでも告知しましたが、羊と紡ぎの情報誌SPINNUTS74号が発行されました☆

って、ブログやHPをご覧いただいてる方は「またその話?」ってかんじだと思うのですが…

前回の73号は多分1回ぐらいしか告知してないし。

作品をつくって撮影して原稿を提出できたら、ひと段落するんですが、そっから発行まで1ヶ月くらいあくんですね。その間にだいたい「やりきったぜ!」と熱はおさまるのですが、今回はちとちがいます。

というのも、ものすごい経験ができたからです。

今 回のお題はまったく別の畑にいる人と組んで一緒にモノづくりをしなさい!というのがテーマだったのですが、atricotが真っ先に思いついたのは、木工 所を営んでいるatricotの父・トシカズ(60)でした。そうそう、じつはatricotの父は木工職人なんです。

突然ですが、みなさんは、お父さんと仲いいですか?

父 と娘ってなんというか…ねぇ(笑)atricotの家族は異常に仲良しなので、もちろん父とも仲良しなんですが、一緒になにかをつくるってなると、まぁ~ いろいろ大変でした。しかも、こっち(ニット)の世界に引き込まないといけなかったので、職人である彼とは衝突することもあって、まぁ大変でしたとしか言 えない(笑)

そのいきさつや、2人で生んだ記念すべき作品がどんなものかというのは、SPINNUTS74号をご覧ください☆興味のある方はお気軽にatricotに声をかけてくださいね。もちろん発行されてるスピンハウスポンタさんでも販売しております♪

原 稿では、ニットと木工をどのように融合させたのかということを焦点にあてて書いていますが、今回はまたべつの視点で、気づいたこと…じつは原稿にも書いて なくはないのですが、もっともっと膨らませたいなと。そして、手芸に関係ある人もない人も、ちょっと立ち止まって考えてもらえたらなと。そう思ったんで す。

***

今回、父にどう動いてもらったらいいのか、さっぱりわからなくなってしまい、かなり追い込まれていました。でもある方からなにげない言葉をいただいたのがひとつのきっかけになりました。

「今、ニットをやっている人がどんどん減っていってるから、(それを教える)atちゃんって、貴重な存在だよ。」
って、励ましてくれはったんですね。そうやって励ましてくれはる気持ちは嬉しいんですけど、じつは、自分がまったくもって、共感してないことに気づきました。そもそもそういう意味で自分は貴重な存在なんだと思ったことがない。

つまるところ、ニットってね、誰でもできるんですよ。そら私も一応勉強はしてきたので、たまに「いやいやニットをなめたらあかんで!」と他人に思ったり、はたまた自分自身が思いしらされることもあるんですが(笑)
じつは教えること自体に資格はべつにいらないし、誰でもできるんですよ。手芸ってあくまで手の芸やと思うんですわ。

でも、父のような職人さんって、おなじモノをつくる人でも、手芸とは全然ちがいます。
こうやって、言葉にすると当たり前のことなんですけど、これまで自分がニットの技術をあげることに必死になっていたので、職人気取りになってたところがあって見えてなかったんです。
けど、ちゃうやんって。しかも自分が目指してるところもそこちゃうやんって。

だから、私は誰でもできることをやってきてるわけで…その誰でもできることを逆手にとって、いろんな人に驚いてもらったり、喜んでもらおうと、もがいたり嬉しくなったりしていてるわけで…

何が言いたいかというと、私が死んでも手芸ってなくならないんですよ。でも父が死ぬと、確実になんかしらの技術がなくなるんです。

気づかんかった私がアホすぎる~!

ということで、ムリな背伸びをして、父と同等にモノづくりをしようとするのをやめました。そしたらうまくまわっていったんですねー。

でも企画は無事終わったものの、なんかずっと心にひっかかったものがあるんです。

それはさきほども言ったように、なくなっていくのは手芸ではなく、職人さんの手仕事であって、日々のほほんとのん気に暮らしてる私は、いかにそれが危機的状況に陥っているかということを見て見ぬふりをしてきたということです。


中 国産に押されてみるみるうちに仕事が減ってしまった父然り、手芸業界がアカンっていうのも、末端の私の方じゃなくって、素晴らしい素材をつくる紡績工場や 撚糸やさんや、染工場という技術を持ってはる方が減っていってるのが問題で、それって、どの業界でもおなじことが言えるんやないかなぁと思います。


大阪発の人工衛星「まいど1号」も大阪の町工場の職人さんが力を合わせてつくらはったもので、はじめてその話を聞いたときは、
「なんちゅう男のロマンなんや!」

と感動しましたが、最近資金繰りができなくなって、打ち切りになってしまったそうです。本当に残念。


私の住む京都もかつては職人さんの宝庫です。でもここ10年はそんな残念な話ばっかり耳にします。

でも嘆いてばかりいても仕方ないし…

だから父を見て思ったことを書きます。
もう30年以上おなじ仕事をしている父を見ていると、職人さんとは自分が思っているよりずっと閉鎖的な世界です。なので、異業種の人と知り合うことがほとんどありません。

そ しておなじ素材をずっと見つめてきはったので、それ以外の素材(今回で言うと羊なんですが)をあわせるという頭がまったくない。頑固オヤジですからね (笑)でも、相手の注文を100%以上のクオリティで返してきはるという、一流に徹する姿勢には、一生頭があがりません。私がお願いしたことは大したアイ デアではなかったんですが、父の技術力のおかげで誌面に載せれるぐらいの作品はできたわけです。

もう突破口はそこしかないと思います。職人さん、クリエイターさん、デザイナーさん、そして私みたいなへっぽこニット人、素人さんでもなんでもいいんです。なんでもいいから、ジャンルや世代を超えて、おもしろいことをやっていかなくっちゃ。

既にコラボレーションブームは市場では起こりまくっていますが、もっと個人単位での化学反応があちこちで勃発したらいいのになぁと思ってます。特に京都でねっ!

そ うそう、余談ですが、こないだあるメルマガの取材を受けました。インタヴュアーの方が、人と人とをつなぐ「架橋家」を目指しているとおっしゃってたので、 この話を熱弁しました。ほんで、架橋家やったら、そこをなんとかしてくれなアカンと。職人さんの危機を切々と訴えて、私たち若い世代のやるべきことはこれ なんだ!とか、えらそーなことをあれこれ言うてたんですが、記事を見ると1行もこの話は出てませんでした(笑)

あはは。まだ私では伝わらないなぁ。

うん。現実は厳しいし、これはただの理想論かもしれません。

でも、先が見えないと嘆くよりかはずっと建設的な考えだと思います。

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